一般社団法人 もっと自分の町を知ろう

書籍紹介

目 次

⑳『維新の残り火・近代の原風景』山城滋著、弦書房
⑲『いのちの循環「森里海」の現場から』田中克監修、地球環境自然学講座編、花乱社
『ちいさきものの近代 Ⅰ』渡辺京二著、弦書房
⑰『天皇制と日本史』矢吹晋著、集広舎
⑯『インテリジェンスで読む日中戦争』山内千恵子 ワニブックス(「月刊日本11月号掲載)
⑮『大衆明治史 (上)建設期の明治』菊池寛著、ダイレクト出版
木村武雄の日中国交正常化 王道アジア主義者石原莞爾の魂』坪内隆彦著、望楠書房
⑬『振武館物語』白土悟、集広舎
⑪『大アジア』松岡正剛著、KADOKAWA
⑩『人は鹿より賢いのか』立元幸治 福村出版
⑨『人口から読む日本の歴史』鬼頭宏著、講談社学術文庫
⑧『データが示す福岡市の不都合な真実』 木下敏之著、梓書院
⑦『インテリジェンスで読む日中戦争』山内智恵子著、江崎道朗監修、ワニブックス
⑥『孫子・呉子・尉繚子・六韜・三略』訳者村山孚、経営思潮研究会
⑤『シルクロード』安部龍太郎著、潮出版社

④『日本人が知らない近現代史の虚妄』江崎道朗著、SB新書
③『漢民族に支配された中国の本質』三浦小太郎著、ハート出版
②『台湾を目覚めさせた男』木村健一郎著、梓書院
①『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』江崎道朗著、PHP新書

⑳『維新の残り火・近代の原風景』山城滋著、弦書房

・敗者の歴史には、勝者の狡猾さが隠れている

 

本書は中国新聞(本社・広島市)に2017年(平成29)4月から、2018年(平成30)9月まで、毎月2回、連載された維新の話である。その全35話を「グローバリーゼーション」「ナショナリズムとテロリズム」「敗者の系譜」「近代の原風景」として、4章に分類したもの。この中で注目したいのは、やはり、第3章の「敗者の系譜」である。明治維新において、勝者であるはずの長州藩だが、その実、敗者の系譜が歴史の襞に塗りこめられていたのである。

その代表的史実が、戊辰戦争での勝者として故国に凱旋しながら、反乱軍として木戸孝允(桂小五郎)に討伐された農商兵の話だろう。いわゆる「脱退兵騒動」だが、「四民平等、一君万民」という維新のスローガンと異なり、長州藩には歴然たる身分差別が横たわっていた。被差別部落出身を含む農商兵は、反政府勢力として殺戮されたのである。本書では述べられていないが、海防僧月性の影響を受けた大楽源太郎は九州へと逃れ、既知の久留米藩の仲間に庇護を要請した。明治4年(1871)に起きた最初の武士の反乱事件である「久留米藩難事件」において大楽源太郎らは久留米藩の仲間に殺された。四方を政府軍に囲まれた久留米藩としては、苦肉の策として大楽らを殺害したのである。しかし、大楽暗殺事件として「久留米藩難事件」は処理された。このことは、明治9年(1876)に起きた「萩の乱」において再燃したが、松陰精神の継承者である前原一誠は反政府勢力として処断された。木戸を始めとする新政府の主要な人物がかつての仲間を封殺したのである。

明治維新150年としてNHKの大河ドラマは「西郷どん」だった。林真理子原作、監修には「篤姫」の監修も手掛けた原口泉氏だったが、その視聴率は伸びなかった。本来、明治維新100年と150年とは、何がどのように異なるか、どのように変化したかを検証すべきだったが、明治維新100年の焼き直しでは、関心が薄れるのも致し方ない。振り返れば、西郷隆盛も明治10年の「西南戦争」では敗者になる。しかし、今もって、その人気は衰えない。その点を強調すべきだったのではと、悔やまれてならない。

明治という時代の変化は、日本の生存のために必要であった。西洋が100年を要した近代化を、50年で達成しなければ生き残れなかったのである。必然、歪みが生じ、何にしても斃れる(敗戦)しかなかった。

明治維新での敗者の系譜を辿る事は、昭和20年(1945)8月15日の敗戦国日本の事実を冷静に判断できる材料と考える。全35話の端々に、著者の昭和20年の敗戦に対する事実認識の欠如が如実に見て取れるが、このことは、いまだ、明治維新史が勝者の視点からでしか伝わっていないことに起因していることが見えてくる。本書は、いみじくも、その歴史の陥穽を炙り出している。

尚、138ページからの「隠岐騒動」は、明治時代に起きた廃仏毀釈の一つの事例として参考になる。

⑲『いのちの循環「森里海」の現場から』田中克監修、地球環境自然学講座編、花乱社

・自然は征服するのではなく、畏敬するもの。

 

本書は、地球環境の実態報告として70名余の方々の講演録をまとめた一冊。森、山、川、湖、海、農業、環境、水、生物、自然災害など、16に分類した350パージ余となっている。

この中で、関心を向けたのは、70ページの「日本人の自然観」だった。昨今の欧米型、特にアメリカの大量生産、大量消費という「農畜産物の無駄」に苛立ちを覚えるだけに、人間も自然の一部という考えに共感を覚えた。

そして、118ページの干潟の話である。潮の満ち引きによって繰り返される干潟の不思議、その役割には注視したい。現代、人間の欲望のために埋め立てられる干潟だが、そこに生きる生物も人間と同じ生きもの。自然界に対し覇権主義的な考えだけ良いものか・・・と疑問を抱かせる。

その干潟の巨大版が九州の有明海だが、144ページから始まる話は、感嘆の声を挙げずにはいられない。地球規模での潮の満ち引きが、有明海なのだと知った驚き。人間の人生100年時代など、鼻先で笑ってしまうほどの悠久の歴史に、日常のせせこましい暮らしぶりが馬鹿らしく思えるほど。「大陸沿岸遺存生態系」が有明海であり、「海の宝庫」と呼ばれる別の意味を知った瞬間でもあった。

そして、海と言えば、クラゲの存在ほど、面白く、不思議な生物はない。海に漂うだけで、どんな存在意義があるのか。考えても、真意が見い出せない生物がクラゲだ。そのなかのビゼンクラゲなる種類は中華料理の高級食材であり、有明海で大量発生したという事実に、またもや「海の宝庫」を再認識したのだった。

152ページの「魚の心理」には、笑ってしまう。確かに、買い手のつかない生け簀の魚が人間に愛嬌をふりまき、アイドルになり、そのうち情が移って、網で掬うことさえ憚られる。そんな魚類を調査することから、海というものは千年単位で判断するものだということを始めて知った。

 88ページからの「海と遊び、海を守る」も、四方を海で囲まれる日本だからこそ、日常的に考えなければならない倫理を教えてくれる。共存共栄、それが海であり、人間の肉体の一部と考えれば、手入れを怠ってはならないのは海であり、山である。

そして、233ページから始まる水の事情は、必読の箇所。公共の水道を営利目的の民間企業に移管する自治体が出てきたが、社会生活を維持する最低限のインフラとして、自治体の直接管理下にあるべきだ。その水の最終的な受け止め先が海であり、237ページの「水俣病は終わっていない」という説は、もっともな事である。

西洋が言うところの自然は征服するものという傲慢さを戒め、自然は畏敬するものという東洋の時代に入ったことを示してくれる一書だった。

⑱『ちいさきものの近代 Ⅰ』渡辺京二著、弦書房

・ちいさきもの、とは敗者のことか。

 

「一身二生」とは、幕末から明治を生きた福澤諭吉の言葉だ。一度きりの人生でありながら、二度も人生を経験したという意味になる。この二度の人生とは明治維新を指すが、幕末、海外を見聞した福澤でさえ、驚きの大変革の時代だった。福澤が「親の仇」とまで言い切った封建的身分制度だったが、明治になればなったで官僚制度という新しい身分制度が誕生した。その新しい時代を迎えたのは旧武士階級だけではない。果たして、庶民はこの明治維新という大変革をどのように迎えたのか。近代に取りこぼされた人々を「ちいさきもの」として、「熊本日日新聞」に連載されたものを全九章に渡って述べている。その中で、第六章「幕臣たち」、第七章に「敗者たち」という章がある。いわゆる旧徳川幕府を支援した佐幕派の人々だが、明治新政府の時代においては冷や飯食いの人々である。

本書は、全体として、「敗者」の側にある人々が描かれている。特に、会津藩に対する異常ともいうべき扱いは、現代においても深い溝を遺したままだ。その溝の特異な例として薩摩の大山巌に嫁いだ山川捨松がいる。例外的な溝の代表としては勝海舟がいる。冷静に時代の趨勢を見ると、勝海舟にも言い分があり、優劣はつけがたい。第一、勝海舟自身も、根っからの武士の家柄ではない。武士の株を買っただけの家であり、徳川家に恩顧があるわけでもない。それこそ、「封建制度は親の仇」と言い切った福澤が、武士の論理で勝海舟を批判するのも、矛盾に満ちている。「一身二生」とは、矛盾という意味合いもある。

会津に代表されるように、東北諸藩が九州人を忌避し、卑下する喩えとして、著者は村上一郎と接した場面を出している。「僕は九州人は一切信用しません」と言われて著者は面喰った。(206ページ)しかし、その村上一郎の海軍時代の戦友である小島直記は根っからの九州人(福岡県)である。村上が三島由紀夫の後を追って自決する前、今生の暇乞いに出向いたのも小島の家であり、互いの墓所も小平霊園である。村上に師事した詩評家の岡田哲也氏は、九州は九州でも鹿児島の出身である。それを考えれば、著者の村上との遭遇を東北と九州との対立構造の引き合いに出すのは無理がある。

いずれにしても、過去に刊行された幕末維新の書物を読み返しているかの如く、繰り言を聞いているかのようだった。ゆえに、今一つの物足りなさを感じる。「一身二生」が内包する矛盾の解消が近代ということか。まずは、本書を土台に、次作から深い洞察が加わるということなのだろう。

⑰『天皇制と日本史』矢吹晋著、集広舎

・驚愕の史実、重たい問題提起の一書

 

表紙写真の人物に見覚えがあった。平成30年(2018)11月24日付、読売新聞西部版「維新150年」特集に取り上げられた朝河貫一(1873~1948)だ。「おごる祖国 愛国の苦言」という見出しの脇に表紙と同じ表情があった。

本書は、全9章、600ページに及ぶ大著。なかでも、第2章の『入来文書』において、朝河が早くに文書を読み解いていたことに驚く。中世日本(鎌倉時代)の封建制成立過程を知りえる資料として貴重なものだ。この『入来文書』については九州大学名誉教授の秀村選三氏(81ページ)から直接に話を聞いたことがある。『入来文書』解読は朝河が勤めていたイェール大学の委嘱が発端だが、その先駆者が朝河であったと知り、驚いた。日本の連作可能の稲作、欧州の休耕地、牧草地を必要とする畑作との比較は斬新。ふと、欧州の海洋進出の理由の一つが、肥料となる海鳥の化石化した糞鉱石を求めてであったことを思い出した。

本書第4章の「ペリーの白旗騒動は対米従属の原点である」は必読の箇所だ。第6章、第7章において提起される問題の「原点」でもあるからだ。嘉永6年(1853)、ペリーが黒船を率いて来航した。この時のペリーの通訳官であるウィリアムズに注目した朝河の慧眼には恐れ入った。歴史の現場の生き証人である通訳官の記録は、今後の歴史解説の見本ともいうべきものだ。この通訳官の存在の重要性を受けての第7章「日中誤解は『メイワク』に始まる」は、歴史に残る誤訳事件。事件の背後を丹念に追った著者の記述はミステリーを読んでいるが如くで、読み手を飽きさせない。一般に「マーファン事件」ともいわれるこの事件は、1972年(昭和47)、日中国交樹立の最終場面で起きた。田中角栄首相(当時)の「迷惑」と発言した箇所が中国側の誤解を招いた。通訳官がスカートに水がかかった程度の「麻煩(マーファン)」という中国語に翻訳したからだ。この「マーファン事件」を読みながら、日本人の記録文書に対する曖昧さを再認識した。根本に、記録を重視しない、解読しようとしない国民性とでもいうべき感覚があるのだろうかと訝る。そう考えると、本書が大分であることの意味も納得できる。

余談ながら、この「マーファン事件」については、筆者が初級中国語講座を受講している時、横地剛先生から教えていただいた。同文同種と思って安易に中国語を理解しないようにとの戒めを込めてだった。

冒頭、読売新聞の記事を紹介したが、その締めくくりは「戊辰戦争の敗者の側から朝河という世界的な知性が生まれたことも、近代日本の一断片だった。」である。まさに、本書の総括にふさわしい言葉である。なぜ、日本の歴史学会は、このような学者の存在を無視し続けたのだろうか。

ちなみに、実名を挙げての研究者らを批判する文章が目につく。しかし、朝河貫一の如くあれとの著者の警告ではと感じた。歴史は、何のために存在するのか。それは、後世の人々に同じ失敗の轍を踏ませないためだ。驚愕の史実が開陳されると同時に、歴史解読の問題提起の書であった。

⑯『インテリジェンスで読む日中戦争』山内千恵子 ワニブックス(月刊日本11月号掲載)

⑮『大衆明治史 (上)建設期の明治』菊池寛著、ダイレクト出版

・封建制度崩壊後の新時代を俯瞰する

 

本書は、菊池寛が著した明治近代史の復刻版である。大衆明治史とあるように、第一章から第十二章まで、明治時代に起きた事々を一般大衆が読みやすく、理解しやすいように記述されている。

まず、第一章は「廃藩置県」、第二章は「征韓論決裂」、第三章は「マリア・ルーズ号事件」、第四章は「西南戦争」、第五章は「十四年の政変」、第六章は「自由党と改進党」、第七章は「国軍の建設」、第八章は「憲法発布」、第九章は「大隈と条約改正」、第十章は「日清戦争前期」、第十一章は「陸奥外交の功罪」、第十二章は「三国干渉」となっている。

従前、幕末維新史については多くの小説があるため、関心を抱いている人は多い。しかしながら、明治期以降の近代史、さらには昭和前期、後期の時代となると、少ない。これは「歴史は勝者によって作られる」という言葉を前提に考えればわかる。明治時代は勝者である薩長中心の史観である。昭和の二十年代(一九四五)以降は、連合国軍総司令部主体の史観になっている。要は、為政者にとって都合のよい、統治し易い歴史観が強制されているからに他ならない。この事を肝に銘じて、本書は取り組むべきと考える。時に、為政者は都合の悪い報道がなされると「発禁」処分とし、大衆の目に触れないようにする。もしくは、徹底した言論弾圧を加え、封印してしまう。本書も、菊池寛が考えながら、ギリギリの線で行間に政府批判を込めながら書いている事を知っておくべきだ。

本書では、明治新政府以降の史実が述べられる。大前提になるのは「明治維新とは封建的身分制度の破壊」であるということ。吉田松陰が「武士階級は六百年に渡る罪を償うべき」といった封建制度が破壊され、「一君万民、四民平等」の社会構築の最中に起きた事々である。幕藩体制の制度破壊であり、中央集権国家という新体制構築が明治時代であった。その新体制構築のモデルとしたのが欧米列強の「文明」という名の制度であった。しかし、六百年間維持してきた制度を大変革するには摩擦が起きる。起きない方がおかしい。それが集約されたものが第四章の「西南戦争」である。

更には、「文明」という名の西洋の制度を導入したものの、その矛盾が露呈したのが、第九章の「大隈と条約改正」である。厳格に順守しなければならない憲法といえども、いとも簡単に欧米列強の圧力で拡大解釈された。「歴史に学べ」とは言い尽くされた言葉だが、現代日本に起きている諸問題は過去にもあったということだ。故に、問題解決の手法、解決策は歴史に刻まれているという先人の教えである。そう考えると、本書は「過去にこんな事があった」という事実を知識として詰め込むだけではなく、現代に起きた諸問題に重ねて考えてみる参考書ということになる。さらには、疑問を深堀りする道標でもある。

ただ、残念なのは現代の評論家の解説が巻末についていないことである。考慮を願いたい。

⑭『木村武雄の日中国交正常化 王道アジア主義者石原莞爾の魂』坪内隆彦著、望楠書房

・なぜ、日本は中国と戦ったのか・・・。そして、なぜ、国交を樹立したのか・・・。

 

本年は、日本と中国(中華人民共和国)との国交樹立から半世紀となる。熱烈な「中国ブーム」に「パンダ外交」に沸き立った時代を見聞した身からすれば、なんとも冷静な日本の様子を見て、本書の木村武雄、石原莞爾はどのような意見を発するだろうか。

本書は、『アジア英雄伝』の著者による日中国交樹立秘話とでもいうべき一書。日中国交樹立時の田中角栄政権の建設大臣木村武雄が黒子となって国交樹立に奔走し、その足跡を記したもの。全5章、200ページ余ながら、従来、「日中国交回復」「日中国交正常化」というマスコミの決まり文句で語られる日中間の国交についての経緯が窺えて、興味深い。本来、日中の国交樹立においては少なくとも明治時代にまで遡らねばならないが、学校教育の現場では近現代史を教えるまえに教科は終了してしまう。その点を踏まえても、本書の果たす役割は重要だ。

更に、木村武雄が師として崇拝する石原莞爾についても、東條英機と対立した陸軍軍人として見る向きが強い。戦争論を著したことから、内容を熟読することなく、世界戦争を鼓舞する軍人とみる向きが多い。故に、童話作家として著名な宮沢賢治と同じ在家宗教団体である国柱会の熱心な会員と紹介しても、にわかに信じられないと口にする人が多い。

しかし、最も大きな問題は、あの大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)敗北後の日本社会が、いまだGHQ(連合国軍総司令部)の洗脳工作から覚醒しないことにある。二度と、欧米諸国に反抗できないように、巧妙に仕組まれた戦後であったことに気付いていない。いわゆる「自虐史観」に日本人は汚染され、公平に人間の犯す罪を検証できないようにしたことだ。

ところで、評者は本書の題名にも使用されている「正常化」という言葉に疑念を抱く。「正常化」ということは、それ以前は「異常」であったということだ。では、何が異常であったのか、何をもって正常化というのか、マスコミは明確に示すことはできない。そして、悲しいことに、多くの日本人は「正常化」という言葉に疑問の欠片すら抱かない。自身の頭で考えることすら日本人はGHQに奪われてしまったのだろうか。

蛇足ながら、本書を読み進みつつ、一人の人物が思い浮かべた。それは清水芳太郎という新聞人だ。一時、中野正剛が社長を務めた玄洋社系の新聞「九州日報」の主筆である。この清水は飛行機事故で落命してしまうが、存命であれば東條英機、石原莞爾の間を取り持ち、中野正剛の自決も防げたのではと噂された。果たして、清水は木村と同じく、日中の国交を進めたのか、はたまた、別の方法を考えたのか。

王道アジア主義者である西郷隆盛の思想にまで踏み込んで考えてみたい。そう思わせる一書だった。

⑬『振武館物語』白土悟、集広舎 (「月刊日本」寄稿文)

⑫『満洲の情報基地ハルビン学院』芳地隆之著、新潮社

・ハルビン学院を軸に述べる日本の近代史

 

本書は、かつて満洲の地にあったハルビン学院の末期、いわゆる日本の敗戦に焦点を合わせて述べた内容。序章、終章を含め、全9章、250ページ余によって構成されている。日本の敗戦により、満洲にあった多くの貴重な資料は焼却、焚書、置き去りとなっただけに、わずかな記録とはいえ、貴重だ。

ハルビン学院といえば、初代満鉄総裁を務めた後藤新平を想起する。日清、日露の戦争を経験した日本が、国内で膨張し続ける人口の解消先に選んだのが満洲である。ハワイ、アメリカ西海岸へと移民は続くが、日系移民の排斥運動を回避させるにも満洲は最適の地だった。しかし、境界を接する中国とソ連とは友好的な外交関係を構築しなければならない。中国には上海に東亜同文書院という学校が設けられていた。ソ連には満洲のハルビンに学院を設置することで後藤新平が言うところの「文装的武備論」を実現したのだった。海外に移民した日本人の多くは、異国の地で奴隷に近い扱いを受けても、勤勉さから信頼を得、財産を築き、子弟には優先的に学校教育を受けさせた。更には、その土地に定着し、社会的地位すら築く人も出現した。

しかし、日本は大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)に敗北。知識と技術力を有する日本人を中国共産党、ソ連に利用されると脅威になる。中国国民党と米国は、在満日本人の早期帰国を決定した。しかし、ソ連は満洲の開拓日本人を虐殺、婦女子を凌辱、資産を略奪。更には関東軍の将兵は捕虜としてシベリアに送り強制労働を強いた。ついには、中国国民党までもが在留日本人を自軍の戦力に流用する。その狭間、ソ連軍は南樺太、千島列島に攻めこみ、いまだ、北方領土を返還することなく居座っている。幕末、アメリカのペリー艦隊来航以後、日本という国は大陸の中国、ロシア、さらに米国という大国の狭間で翻弄されてきたことが見えてくる。

巷間、満洲という地は、日本国内で失敗した人々が再生を求めていくところと言われる。転向左翼は左翼運動よりも経済開発に従事した方が人々のためになるとして渡満する。問題を起こし出世の道を閉ざされた陸軍軍人も満洲で生きる道を模索する。一旗揚げたい浪人は大陸浪人と称して満洲、シベリア奥地、中央アジアにまで赴く。そんな猥雑とした異郷の満洲で生き残る人々にとって諜報活動に長けてくるのは致し方ない。そこにロシア語に堪能なハルビン学院卒業生であれば、方々で重宝される。安定した地位にあるハルビン学院卒業生を見て、続々と入学志望者が集まるのも無理はない。

本書は、ハルビン学院を題材にしているが、日本の敗戦という結果を知る著者が結果に添って近代日本の歴史を描いている。故に、事実と異なる事々を検証せずに述べた箇所が散見される。可能ならば、本書の登場人物である杉目昇の著書の内容を詳細に解説しても良かったのではと思った。

⑪『大アジア』松岡正剛著、KADOKAWA

・アジアに立脚して歴史を俯瞰すると、なぜ、西洋の貧困さが際立つのか

 
本書は「大アジア」をテーマに、第一章「中華帝国とユーラシア」、第二章「近代アジア主義」、第三章「大東亜・日本・アジア」、第四章「リオリエント」として、全23冊の書籍の解説とともに、アジアを考える内容となっている。

現在の中国(中華人民共和国)が大国としての版図を確立したのは、秦の始皇帝による統一にある。わずか15年にして世界帝国を成したことをモデルに、現在の中国は統一を急ぐ。さらに、王朝の変遷はあるものの、唐の大帝国が誕生し、ここで百家争鳴の思想家たちの中から儒学を国教に据えたことから安定が始まる。儒教(儒学)以外の道教、法家などの教えは異端の扱いを受けた。儒教の孔子の「仁愛」は尊重されるが、墨子の「兼愛」は異端視される。しかしながら、ロシアのトルストイは墨子の「兼愛」が弾圧されたことで、キリストの優しい言葉で語る「愛」の思想が西洋に蔓延したと説く。この儒教は日本でも尊重され、結果、近代においてキリスト教や社会主義、マルクス経済が斬新な思想として広まる事にもなった。

 
従来、欧州を中心とした歴史が語られたが、アジアに特化して歴史を俯瞰すると、欧州の思想の空洞化が目につく。欧州人は仏教を知らず、あのチンギス・ハーンは欧州に魅力を感じなかった。しかし、15世紀になって、欧州は軍事力でアジアを制圧していった。文化の「徳」による王道ではなく、武力での覇道である。この一つの時代の流れからも、欧州の底の浅さが計り知れる。これは、市場原理に変わる価値観を有しない欧州と見ても良い。市場原理についても、『管子』に説いてあるのだが・・・。

 
「大アジア」といえば、福岡発祥の自由民権運動団体である玄洋社が孫文の辛亥革命を支援したことは外せない。欧米の覇道に苦しむアジア同胞の救援を進めたが、この情実を孫文は利用したという。しかし、日本側はアジアの改革によって日本の改革を進めていたことも事実ではなかろうか。

 
経済学という言葉は東洋と西洋では意味が異なる。東洋では「経世済民の学」として、質を重視し、循環させることを考える。翻って、西洋では量を重視するに留まる。いずれが好ましいかは、言うまでもない。かつて、宋代の中国は世界経済の中心だったことを考えると、量を優先させる西洋の経済が東洋を貧しくしていったことが理解できる。

 
現在、日韓トンネル問題が政治問題になっているが、この日韓トンネル構想は昭和15年(1940)9月の東京、北京間の新幹線構想の中に含まれていた。アジア主義者の観点からすれば、政治問題になること自体、時代遅れと言わざるを得ない。そんな事々を気づかせてくれる一書であった。

⑩『人は鹿より賢いのか』立元幸治 福村出版(「月間日本」10月号書評から)

月間日本10月号

⑨『人口から読む日本の歴史』鬼頭宏著、講談社学術文庫 

本書を手にしたのは、日本の少子高齢社会の対応策を考えたいと思ったからだ。高齢者に対する年金、医療という社会保障費は増加。反して、それを支える若年層は減少傾向にある。政府はこれを問題としながらも、具体的な方策は行き詰まっている。この少子高齢社会について、本書の終章には「少子高齢化はわれわれにとって初めての経験である。(中略)人口の停滞は成熟社会のもつ一面であることが明らかだからである。」と述べる。目先の対処にあたふたするより、墨子ではないが、まず、「歴史的根拠」を示すことが必須。

本書は、日本の人口変動について具体的事例、数値をもって証明を試みる。序章から終章まで、全9章を読み進むが、まず16ページ、17ページの日本の人口変遷について、縄文早期から平成7年(1995)までを俯瞰する。慶長5年(1600)の人口は1227万人であり、明治6年(1873)の人口は3330万人である。更に、明治6年から150年を経る2025年頃の予想人口は12091万人である。この統計数値から、何が人口増減の背景にあるのかを分析すれば、少子高齢社会を食い止める方策が見えてくるのではないだろうか。

ここで考えたいのは、江戸時代の徳川幕府が招いた江戸一極集中が都市の人口抑制機能を果たしていたということ。幕末、幕府は参勤交代を廃止したが、その結果、地方への移住が進み、人口は倍増していった。さすれば、人口減少を問題とする現代、東京一極集中を是正することが少子化に歯止めをかける事につながるのではないか。都市は「アリ地獄」と著者は指摘する。都市は次から次へと人を食いつくす。それでいて、人口増という生産性は無い。

しかし、これはこれで、地方も対策を考えなければ解決できない問題だ。交通、通信、衛生インフラの整備が必須となる。この首都東京の「アリ地獄」現象は、地方の中核都市も同じ現象を示している。このことから、都市への集中を改善する方策として日本全国に均等な人口配分を考えなければ少子化は防げない。単純に児童手当、託児所の増加だけが対策ではない。

次に高齢者対策だが、介護を必要とする高齢者を集中的に管理できるホームの増設で対処が可能ではないだろうか。介護を必要とする高齢者には、複数の介護者が必要だが、ホームでの管理に移行することで介護者の軽減負担が可能となる。

都市の一極集中解消は災害や感染症での機能不全を防ぐこともできる。大量生産、大量消費社会から自給自足社会への脱皮も考えなければならないだろう。人も動植物と同じ生物と考えれば、人口増減は生物の進化の法則。足りない食物は輸入すればよい。不足する労働力は移民を奨励するでは、ヒトが進化していないことを証明するようなもの。少子高齢化を問題とするのであれば、本書の統計数値を基に具体策を考えなければならない。

⑧『データが示す福岡市の不都合な真実』 木下敏之著、梓書院

・福岡市は最強でも、スゴイわけでもない。

本書は題名が示す通り、九州の中核となる福岡市についての解説。第1部「データが示す福岡市の不都合な真実」、第2部「福岡市民の所得を増やすための政策提案」の2部構成となっており、いわゆる福岡市の現実の偏差値、通知表だ。折々、コラムが挟み込んであるので、250ページ弱の一冊は気軽に読み進むことができる。

従前から、福岡市は九州全域を視野に入れて考えなければ経済成長はありえないと言われる。そのことは第1部の第3章「福岡市の経済は全九州を相手に卸売、小売業で稼ぐ内需型」がデータで示している。現在の福岡市は、地域外の自治体に対し、関心が低すぎるのではとの批判があるが、経済成長を視野に入れるのであれば福岡市は九州各地との連携を考えるべきだ。このことは、出生率もさることながら、賃金の伸び悩みを解消することにもつながる。示された数値による解説に、唖然とするしかなかった。

福岡市に対する域外の方々の印象は、「自然に恵まれている」「食べ物が美味しい」「お祭りがたくさんあって楽しそう」という好印象で語られる。しかし、マスメディア情報に安堵はできない。ある方は、「世界一、幸せな都市」と揶揄する。その背景には、熾烈な競争をせずとも、そこそこの努力で飯が食える都市だからとの事。穿った見方をすれば、誰が首長に座っても、さしたる不満が起きないということだ。

ところが、近年、不満が少しずつ表面化している。まず、公共交通機関での地下鉄の在り方。延伸工事が、出たとこ勝負で陥没事故を幾度も起こした。開業が遅れる事での税金との費用対効果が見えない。循環線が無い。JR九州との相互乗り入れはあるものの、西鉄電車との相互乗り入れがない。これは、第2部の第3章「福岡市の国際的地位と都市としての魅力を高める対策とは」にも関連することだが、九州全域を視野に入れるという発想が欠如しているからだ。

更に、大型のクルーズ船が停泊できる港湾施設はあっても、観光による税収という純利益を生み出す体制にはなっていない。港湾、道路などの公共設備の保全に税金を投入するだけで回収するという発想がない。このことは、福岡市内の観光をと思っても、大型バスを駐車できる場所が少ない。まったく無いところもある。これでは、海外はもとより、国内からの観光客を呼び込むことは不可能。せっかく、見学希望者が多い福岡市西区生の松原の「元寇防塁」だが、近隣には駐車スペースがないのだ。

また、本書で幾度が取り上げられた志賀島だが、博多駅や天神からのアクセスが不便。そうであれば、能古島フェリーのように車両を乗せるフェリーの方が利便性は高まる。志賀島を訪れる方も増えるのではないか。

 子高齢化という人口問題も含め、読み進みながら、幾つも、幾つも、不満が浮かび上がる。この不満、将来への不安はどこにぶつければ良いのだろうか・・・。誰が、この潜在リスクを解消してくれるのだろうか。

⑦『インテリジェンスで読む日中戦争』山内智恵子著、江崎道朗監修、ワニブックス

・強かな中国共産党の謀略戦に暗澹たる思いが

表題にある「日中戦争」だが、これは昭和12年(1937)7月7日に起きた盧溝橋事件に端を発している。現代日本人は、この「日中戦争」を「侵略」と見ている。しかし、事は簡単に「侵略」として片が付くものではない。本書はインテリジェンスというキーワードで「日中戦争」を見たらばどうなるかという解説書だが、中国共産党の強かな諜報活動、プロパガンダの事実に戦慄を覚える。それも、日本だけではなく、イギリス、アメリカの諜報機関をも手玉にとっての謀略戦を展開していたのだ。

この中国共産党の戦術を俯瞰しながら思い起こしたのは昭和12年(1937)7月29日の通州事件であった。この事件は在留邦人が中国国民党兵士、学生たちによって虐殺された事件だが、その実、国民党軍や学生集団に潜入した中国共産党が暗躍していたのではと思った。この事件については、最新刊の『新聞が伝えた通州事件1937~1945』(藤岡信勝編)に詳しい。

更に、本書の第一章「足りなかった対中支援」だが、これはアメリカが中国国民党(蒋介石)に軍事支援を約束しながら容易に履行されなかった背景を述べている。ここで思い出したのは1942年(昭和17)に中国国民党支配下の中国河南省で300万人が餓死したことだ。蒋介石は虫害で飢餓に苦しむ同朋を見殺しにしたのだが、「同盟国」のアメリカからの物資は届いていない。蒋介石が救援を求めなかったからというが、求めても簡単には物資が届かない事を知っていたのだろう。皮肉なことに救援物資としての軍糧を放出したのは日本陸軍だった。この事実については最新刊『人間の条件1942』(劉震雲著、劉燕子訳)を一読されたい。

全6章、230ページ余の本書を読了しだが、最終章214ページに記載される文章が重い。「アメリカの保守派、インテリジェンスの研究者たちは、アメリカ本国での反日宣伝活動、日米分断工作についてはあまり研究をしていない。(中略)アメリカのインテリジェンス研究の「欠陥」を理解したうえで、アメリカのインテリジェンス、近現代史研究の専門家に対して、日本側の視点、懸念を伝える作業が重要だと言えるのです。」

日本の自称保守と言われる方々は「日米同盟」を重視する。しかし、「同盟国」であるアメリカが外交戦略、戦術においての肝である日本についての研究が進んでいないのであれば、「同盟国」の意味はなさない。さすれば、自主独立の気概をもって生き残る術を日本は考えなければならないが、果たして、どれほどの日本人が危機感を抱いているだろうか。

本書を基に既存の日中関係の事件史を再読しなければならない。合点のいかなかった箇所の整合性が明らかになるだろう。

加えて、紛争回避のためのインテリジェンス機関が、いかに日本に必要であるか実感できるだろう。

⑥『孫子・呉子・尉繚子・六韜・三略』訳者村山孚、経営思潮研究会

・今こそ読み解かなければならない兵法書

 

 本書は「武経七書」と言われる兵法書のうち、『司馬法』『李衛公問対』を除く五書で構成されている。なかでも、孫子、呉子は「孫呉の兵法」として現代に至るも尊重する人は多い。兵法書は思想、人間分析の集大成であり、人類の歴史は闘争の歴史だからだ。更に、人類の歴史において、人間の本質は変わっていない。故に、数千年の時を経ても兵法書が説く内容に狂いが無いのは当然といえば当然といえる。

 ナポレオンは『孫子』を座右の書とし、第一次世界大戦を引き起こしたドイツのヴィルヘルム皇帝は『孫子』を知らなかった。欧州における覇権を制したのは、この『孫子』にあったとは言いすぎかもしれないが、当たらずとも遠からずである。

 現在の中国を成立させたのは中国共産党だが、その指導者の多くが「孫呉の兵法」を熟知していたのではと思える。この兵法書において「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉が有名だが、これはビジネスの世界においても通用する。人間の行動原理を理解していれば、打つ手が外れるはずもない。敵が来ないことを頼みにするのではなく、敵が攻めて来られない様に備えておくのを頼みとしなければならない。敵に攻める隙を与えてはならないことだが、それはそのまま、敵の情報収集を常に怠らずということになる。

 本書には武器を手にしての戦術も述べられるが、組織の維持、部隊の統率が重要と説く。そして、敵との交渉である。自軍、自国の者の憤慨、誹謗、中傷を受けようとも甘んじて敵の要求を受けなければならない時がある。しかし、それは妥協ではなく、反撃の手段であることを理解しておかねばならない。先述の中国共産党幹部の指揮にも、この兵法書の戦術論が酷似していることに気付き、言葉を失った。勝っているように敵には思わせ、反撃の好機を待っていた場面は多い。

 この一書において更にぞっとするのは、太公望と文王とのやり取りの章。釣りを楽しむ太公望に軍師としての才能を見出した文王が繰り出す質問に太公望が具体的に返答するが、それが謀略に満ちていることだ。現代の中国との外交交渉において日本の外務省が太刀打ちできないのも、なるほど・・・と思える。主義主張ではなく、伝統的に中国は外交交渉のツボ、つまり謀略を心得ているのだ。

 文化大革命によって中国は自国の古典を焚書した。しかし、改革開放後、日本に保存されていた中国古典などを自国に持ち帰り再評価、研究を行っていたとみるべきだ。例えば、武力によらず敵を打つ12か条、部下の内心を見破る6か条など、戦争は力と力の衝突だけではなく、知力と知力との戦いであることを知るべきだ。敵を知り己を知るためにも、孫子、呉子の兵法書は必須の書として日本人は読み進まなければならない。 
 
 尚、『孫子』に対し『呉子』は「非情の兵法」と呼ばれることからも、熟知しておくべきだろう。

令和4年(2022)7月19日

 浦辺 登

⑤『シルクロード』安部龍太郎著、潮出版社

・西洋近代を超越するシルクロードでの気づき

 

 シルクロードという表題から、東西交易の道であり、仏教伝来の道に関する一書と即断できる。しかし、現在、チベット、ウイグル、内モンゴルの民族弾圧が問題視される地域だけに、容易に足を踏み入れる事のできない秘境と思ってしまう。ところが、意に反し、著者はシルクロードを旅し、一冊の紀行文にまとめあげた。これは、強い興味を抱かずにはいられない。本書は2部構成になっており、それぞれ、第1部(2018~2019)、第2部(2019~2020)各10回、計20回の紀行文となっている。第1部の第1回から読み進むと、著者とシルクロードを旅する疑似体験ができる。

 シルクロードといえば、孫悟空の「西遊記」を真っ先に思い出す。三蔵法師に従い、真理を求めてインドへと向かう物語は想像の世界でありながらも、現実世界のようでもある。その過酷なシルクロードの旅も、現代ではキントン雲ならぬ飛行機で中国へと飛び、列車、車を乗り継いでの旅になる。とはいえ、扉の地図を広げてみれば、いかに広大な大地の移動であるかがわかる。人間という動物は好奇心から移動する生き物だが、何があるのか、危険も省みず、好奇心という欲望を抑えることができない動物だ。
 
 本書の内容については紀行文だけに、ああだ、こうだ、と解説するのは野暮。しかし、全ページの写真がカラーというのは、実に豪華。まずは、写真とキャプションだけを追ってみても、楽しい。そこで、ハタと気づく。全ページがモノクロ写真であれば、砂漠、岩山、雪山が続く景色は何を見ても同じ。ましてや西域であるウイグルのカラフルな民族衣装は言葉の限りを尽くしても、尽くしきれない。さらに、284ページにある日本の正倉院と新疆ウイグル自治区博物館にしか残っていない唐の時代の室内履きも、モノクロ写真であっては、そのありがたさも半減してしまう。

 しかしながら、読了後、筆者は不完全燃焼に陥った。230ページの中段の写真に掲載されていた桃の種である。偶然、著者が見つけた1800年前のものだが、その結果の記述が無い。次回に続く、なのか。あの大賀ハスのように、芽を出し、花を咲かせと、現代の奇跡を期待していたのだが。
 
 ともあれ、著者の「在るがままで尊い」というインドでの体験(啓示)、103ページの「目まいが起こした二つの可能性」など、非日常空間で得られる事々から、旅は真実を求める行為でもあるのだと納得できる。ページをめくり、文字を追いつつ、著者とシルクロードを旅することは、真理とは何かを考える時間でもあった。西洋近代という物質的充足の次に来るのは、東洋的な心の充足なのではないか。そうした振り返り、気づきを求める書であった。

令和4年(2020)3月16日 浦辺登
(「浦辺登公式サイト」から再掲)

④『日本人が知らない近現代史の虚妄』江崎道朗著、SB新書

・世界の歴史認識の変化に日本は追いついているか

 

 歴史認識において齟齬をきたす代表的な言葉に「太平洋戦争」という呼称がある。いまだにテレビ、新聞、インターネットでも目にする。長い年月、耳にし、目にしてきた言葉だけに、日本国民に浸透し、誰もその言葉に疑問すら抱かない。しかし、日本国民であっても、この言葉が通用しない世代がある。それが「大東亜戦争」体験者たちである。日本は昭和16年(1941)12月8日から太平洋だけで戦争をしたのではないという認識を持つ世代。更に、教科書でさんざん「太平洋戦争」という言葉を教えられてきた世代が、「アジア・太平洋戦争」という言葉を使い始めた。そもそも、「太平洋戦争」という言葉は、昭和20年(1945)12月8日から、新聞各紙において用いられたのが始まり。ここに、日本を占領統治する国連(連合国軍)の隠れた意図が見え隠れする。

 本書は、国連(連合国軍)の術中にはまり、いまだ覚醒できずにいる日本人に、分かりやすく、具体例をあげ、世界の歴史認識の変化を解いたもの。例えば、EU議会が旧ソ連(ロシア)を侵略国家として議決し、プーチン大統領が猛反発している様を伝える。日本人の関心である真珠湾攻撃が、アメリカでどのように評価されているかなど。全8章、260ページ余にわたって述べられる。

 二度と、悲惨な戦争を繰り返さないために国際連盟が設けられた。それにも関わらず、なぜ、再びドイツは日本、イタリアとともに、主義主張を超えた国連(連合国軍)と干戈を交えたのか。更には、悪の枢軸と言われた日本、ドイツが国連(連合国軍)に大敗したにも関わらず、世界から戦争は無くならないのか。この事実から、本当の悪は滅んではいなかった事が証明される。本当の悪は誰なのか、何なのか。

 本書では、リッツキドーニ文書、ヴェノナ文書、米国共産党調書という資料を基に、その悪が何かを見事にあぶりだした。持論として大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の発生から、経緯、結果までをも日本の好戦的な姿勢と結論付けている方には、定説を覆されたくはないと思う。しかし、今、世界が歴史認識においてどのように変化しているのか。その時流に対処したいと思われる方には必読の書。

 人物評価や歴史認識は、利害得失の関係者が死滅しなければ真実は浮上してこない。これからさらに、深く掘り下げることで、また新たな新事実が発見されることだろう。「アジア・太平洋戦争」という言葉を生み出した世代が登場した現代、従来の歴史解釈では世界に通用しない事を如実に知るだろう。

令和3年(2021)12月28日 浦辺登
(「浦辺登公式サイト」から再掲)

③『漢民族に支配された中国の本質』三浦小太郎著、ハート出版

・新型コロナ・ウイルスは「令和の神風」

 

 本書は長野朗(1888~1975)というチャイナ・ウォッチャーが書きのこした論を基に、現代中国の実像を炙り出したもの。序章を含む全8章、200ページ余に渡るものだが、著者自身がチベット、ウイグル、南モンゴルの人権問題に深くかかわっているだけに、その指摘する問題への切込みは鋭い。 

 では、表題にあるような漢民族の本質とは、何なのか。それを具体的に説明するには、現在のチベット、ウイグル、南モンゴルの問題を知っておくと良い。この人権問題については、『ナクツァン』(ナクツァン・ヌロ著、集広舎)、『ウイグル ジェノサイド』(ムカイダンス著、ハート出版)など、多くの著作が問題として糾弾している。地域住民の利便性を高める商人として漢民族は移住をする。次に、漢民族は害の無い民と信じ込ませた頃、開拓団と称する漢民族の移民が本格化する。気づけば、地域は漢民族が多数を占め、漢民族の道理が常識となる。そして、ある日突然、中国共産党軍が武力によって完全支配をしてしまう。漢民族が巧妙に民族侵略を行うかを知ることが先決。

 次に、なぜ今頃、このような著書が出版されるのか。その答えは、大東亜戦争後、日本を占領支配したGHQ(連合国軍総司令部)が長野の著書を没収、廃棄処分にしたからだ。長野は漢民族の侵略性を早くから見抜いていたが、後世に警告すべき文書が無かった。そこで、僅かながらも遺った長野の論を著者は読み込み、そこから、現代の中国共産党の民族性ともいうべき侵略を解説したのである。更には、大東亜戦争終結後、日本人は歪んだ歴史を叩き込まれてきたが、いかに現在の歴史教育が間違っているかをも気づかされる。中国共産党は日本の「侵略」戦争を糾弾し、抗日戦争勝利のパレードまで行う。しかしながら、この漢民族(中国国民党、中国共産党の別なく)の侵略性向を基に、明治時代以降に起きた中国との紛争、戦争、謀略の数々を再検証すれば、従前の歴史観は大きく変わってしまう。それ故に、GHQとすれば、この長野の論は封印しておかなければならなかったのだ。

 新型コロナ・ウイルスによって日本社会は停滞した。それ以前、日本の港には中国人観光客を満載した大型クルーズ船が寄港していた。インバウンドと称し、中国人観光客による経済効果を日本は求めた。その実、これが民族による侵略の前哨戦であることに気づいた日本人はどれほどいただろうか。この漢民族による「民族戦」は、蒋介石、毛沢東、江沢民、習近平のいずれの権力者の時代においても変わらない。富のあるところ、砂糖に群がりくるアリの如く、追い払っても、潰しても、次々にやってくる。そう考えると、新型コロナ・ウイルスによって日本は封鎖され、守られたのである。まさに、コロナは漢民族の侵略を防いだ「令和の神風」だった。
 
 尚、本書の第5章は「昭和維新と長野朗」だが、権藤成卿の共治、自治という思想に長野がいかに共鳴、傾倒していたかを述べている。アジアの安寧の基礎をどこに据えるかの理想が見えて興味深かい。

令和3年(2021)10月16日 浦辺登
(「浦辺登公式サイト」から再掲)

②『台湾を目覚めさせた男』木村健一郎著、梓書院

・児玉源太郎、その早すぎた死

 

 本書は台湾総督であった児玉源太郎の評伝だ。児玉については、『天辺の椅子』(古川薫著)などの評伝小説によってその生涯は紹介されている。しかし、あえて、再び、著者が児玉の伝記を刊行するに至った背景に李登輝(1923~2020、大正12~令和2)の存在がある。1988年(昭和63)年、李登輝が台湾の総統に就任し、教育改革が行われた。「台湾の近代化は、日本統治によるもの」と学校で教えることになった。すでに、1972年(昭和47)、日本は中華人民共和国との国交を樹立し、中華民国台湾との国交を断絶していた。それでも、李登輝は日本の植民統治を肯定的に評価したのだ。このことから、現在の親日国台湾が誕生した。

 しかし、台湾の植民統治に日本が失敗していたのであれば、いかな李登輝といえども「台湾の近代化は、日本統治によるもの」と、学校教育の現場で教えることはない。これは、台湾総督であった児玉源太郎の手腕が優れていたからに他ならない。その児玉の生涯、業績を全5章、300ページにまとめたものが本書だ。

 児玉といえば、明治37年(1904)から始まった日露戦争での203高地での戦いが評価される。乃木希典から一時的とはいえ指揮を代わり、勝利の目途をつけて去っていった。その姿は、深く、記憶に刻まれている。しかし、武の人というより、児玉の真骨頂は平時の文治における台湾統治によって評価されるべきだ。日本による台湾統治は、国内外から不可能と評されていた。その不可能を可能にした児玉の業績は、称賛されなければならない。大山巌という人間的魅力にあふれた上司に恵まれたこともある。後藤新平(医師、初代満鉄総裁)という優秀な部下を抱えていた事もある。しかし、その上司、部下の関係も、精神の感激がなければ成立しない。このことは、身分の上下を問わず、自由に発言させ、その意見を聞く耳を児玉が持っていた証拠である。これは治政における情報収集の基本でもある。

 児玉については、本書の中だけでは語り切れないエピソードがある。それだけ、常人の枠を超えた奇想天外の発想力があったとうことになる。その奇抜な考えを実行するにあたり、やはり、多岐にわたる情報分析力を備えていたからだ。

 あの大東亜戦争(太平洋戦争、アジア・太平洋戦争)の敗戦後、全ての過去を否定された日本。しかし、李登輝によってその再評価の道が開かれた。その礎として、児玉源太郎という人物がいたことは、日本にとって実に僥倖と言わなくてはならない。その児玉の全貌を伝える本書を通じ、今後、日本人がいかように受け止めるか、興味のつきないところだ。

令和3年(2021)9月24日 浦辺登
(「浦辺登公式サイト」から再掲)

①『緒方竹虎と日本のインテリジェンス』江崎道朗著、PHP新書

・日本再興の為に、情報機関の創設を

 

 緒方竹虎(1888~1956)といっても、現代、その名前、功績を知る人は少ない。現在の自由民主党の基礎となる自由党、日本民主党との「保守合同」、いわゆる「55年体制」の立役者の一人。存命であれば、総理総裁の座も夢ではなかった。

 本書は、その緒方竹虎の生涯を追いつつ、現代日本に最も欠けている情報機関設置を訴求する内容だ。緒方が追い求めながら、果たせなかった日本版CIAの創設をと著者は訴える。情報収集、分析、運用においての最大の失敗は大東亜戦争(太平洋戦争、アジア・太平洋戦争)である。近代日本の対外戦争である日清、日露戦争では、民間が提供する情報収集機能が有効に機能した。しかし、本来、情報機関は対外戦争遂行のために存在するのではなく、紛争の火の手が上がる前に消し止めるもの。いわゆる、リスクヘッジというものだ。ところが、戦前の日本においては、陸軍憲兵隊、特高警察による弾圧が強かったことから、情報機関設立に難色を示す人が多い。

 しかし、独立国家として主権の存在を示すためにも、情報機関は必須。それも、戦前の内務省、外務省、陸軍、海軍のような縦割り機構での情報機関では、意味をなさない。緒方は、民間の情報機関も含めた総合的な情報機関創設を考えていた。本書を読み進みながら、情報機関があれば、新型コロナウイルスの感染拡大も、早期に対処できたのではと思えて悔いが残る。

 新書ながら、全10章、400ページに及ぶ本書は、教訓というべき事々が述べられている。例えば、264ページの「都合の悪い情報に耳を貸さなくなってしまいがち。」などは、その代表例ではなかろうか。更に、誠に残念に思えてならないのは、第8章からの「和平・終戦を模索」であり、182ページに記される頭山満の蒋介石政権への派遣が実らなかったことである。従前、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』という大東亜戦争遂行を反省する名著もあるが、本書はインテリジェンスという観点からの失敗を振り返るに適した一書。日本という国家を再興するには、まだまだ随分と年数を要する。しかし、後世を考え、失敗も成功も、包み隠すことなく伝え、再興を果たさなければならない。その著者の思いを是非、汲み取って、自身に何が果たせるのかを考えたい。

令和3年(2021)8月6日 浦辺登
(「浦辺登公式サイト」から再掲)

ある日突然、見慣れた景色の中から、懐かしい物が消えてしまった。そんな経験をされた方は多いと思います。世の事情と言ってしまえばそれまでですが、せめて、どうにかならなかったのか、何か遺せる手段はあったのでは・・・という後悔の念だけは残ります。 個人の力では限界がある。故に、「もっと自分の町を知ろう」という共同体を創設し、有形無形の財産を次世代につなげる。これが、一般社団法人「もっと自分の町を知ろう」という団体を設立する目的です。

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