60.「日本文化を発信した黒龍会」
来る6月末、福岡県久留米市で講演をすることとなり、その打ち合わせで福岡県久留米市を訪ねた。今回の講演内容は「久留米と黒龍会」となったが、久留米は久留米市と分かる。しかし、黒龍会って、アブナイ団体?ではと妄想に走る方が多い。これは耳慣れないからだが、近年は今上陛下が好まれる福井県の銘酒「黒龍」が定着し、「銘酒の会ですか?」と問われるのはご愛敬。いずれにしても、度が過ぎればアブナイのは確か。
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『権藤成卿 その人と思想』滝沢誠著、ぺりかん社、1996年(再版)
旧著の五章に注釈を加え、「結び」などを加えると全体で270頁ほどになる。事前に、大東亜戦争後(太平洋戦争)のGHQによって言論弾圧を受けた玄洋社、黒龍会という団体についての知識が無ければ容易には本書の理解は進まない。加えて、権藤成卿の故郷である福岡県久留米市の前史である久留米藩の歴史も予備知識として必須となる。とりわけ、権藤成卿を語るに外せない「明治四年 久留米藩難事件」も理解しなければ、権藤の人物像は見えない。
人は「どこから来て、どこに行くのか」。人が現世に誕生した意味。何を成すべきか。それらを考える東洋の知恵としての社稷を説いたのが権藤だが、欧米型の思考によって理解が及ばなくなってしまった。
権藤成卿の評伝である本書だが、読み手は考え考え、読み進まなければならない。明治期以降の政策としての「近代化」によって、日本人は何を得、何を失ったのか。そして、今後の日本人は何を成すべきか。明治維新、敗戦によって何を失い、何を復活させなければならないか。こういった事々を考えるための書が本書になる。 (終)
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権藤成卿が関わった黒龍会だが、明治34年(1901)2月3日に東京神田で創立された。シベリア・満洲の開拓を目的とし、万般の実情、実勢を究めるため、調査報告分析活動を行う経済シンクタンクだ。名称の起源はシベリア、満洲を流れる黒龍江(河)からとっている。ロシア語ではアムール河と呼ぶが、アムールとは天使(キューピッド)の意味になる。なんと落差の大きい名称なのだろうか。
黒龍会は玄洋社から派生した団体だが、旧久留米藩関係からは権藤成卿、武田範之、宮崎来城、権藤晨二らが活動に関与している。昭和21年(1946)年、玄洋社とともにGHQから「超国家主義団体」として解散させられ、「右翼」のレッテルを貼られた。玄洋社同様、アジアの解放運動を推進したことに加え、北米大陸の黒人解放運動にも強い影響を与えたことから、欧米列強の(オレの利権に手を突っ込むな!)強烈な反発を招いた。
ただ、近年、アメリカのトランプ大統領、ロシアのプーチン大統領がアラスカ、シベリア開発で会談を行なったこともあり、満洲シベリア開拓の先駆的団体として黒龍会が注目されるようになった。会報誌が多数刊行されているが、その内容は経済シンクタンクらしく調査報告書となっている。そこに目をつけたのがイギリス・ケンブリッジ大学であり、黒龍会についての研究論文が発表された。黒龍会が英文機関誌を刊行していたことも研究対象として好ましかったのだろう。とはいえ、日本ではこういった動きに疎いのが実に残念だ。
黒龍会は大正9年(1920)2月、日本の風俗習慣、伝統的日本文明の基礎を欧米の人々に伝えるため、「ジ・アジアン・レビュー」という英文機関誌を発行している。編集顧問にはフランスの詩人ポール・リシャールが関わった。蛇足ながら、ポール・リシャールの妻はマザーの尊称を持つミラ・リシャール(インド人)である。
国際的な組織が黒龍会だが、せっかく久留米市で講演するのならばと思い、万葉集研究の上野誠氏(國學院大學教授)も紹介したいと考えている。万葉集と黒龍会?と訝られるかもしれないが、上野氏の先祖が黒龍会会員の板垣太郎だからだ。
尚、上野氏を引き合いに出すのは久留米紛れ、もとい、苦し紛れではありません。














