新年明けましておめでとうございます 浦辺 登
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
さて、昨年はアメリカのトランプ大統領の関税問題で始まり、高市首相の台湾有事発言で一年を終えました。果たして、今年は、どんな一年になるのか、まったく想像もつきませんが、人間の本質が変らないことを考えれば未来予測は「歴史に学ぶ」しか無いと考えております。
個人的に昨年を振り返ると一つの変化がありました。それは、従来、月例の講座を行い、依頼を受けた講演を行い、町歩きのガイドを行ないというものに加え、複数の対談をこなしたということです。
この対談ですが、聴衆を前にした公開の対談で、その対談相手は著名な方々ばかりでした。まず、居島一平(おりしまいっぺい)氏であり、ジェイソン・モーガン先生(麗澤大学准教授)であり、そして、直木賞作家の安部龍太郎先生でした。
居島氏は玄洋社の頭山満とは半世紀の交友歴がある杉山茂丸について関心があるとのことでした。杉山茂丸は政界のフィクサーの異名をとりますが、果たして、どんな人物であったのかを知りたかったとのことです。杉山茂丸には嫡男で小説家の夢野久作こと杉山直樹がいます。この杉山茂丸については「夢野久作と杉山3代研究会」というものがあり、その会報誌に寄稿された内容を紹介しました。それは、晩年の金子堅太郎口述を筆記したものです。それらは政府の官僚であり、伯爵位を究めた金子とともに活動していたのが杉山茂丸であったという事実です。杉山茂丸は自身で著作を遺し、その中に政界の裏面、経済界の裏事情などを述べたものがあります。ここから杉山単独での功績と思えることが、実は金子堅太郎という存在があっての杉山茂丸であったということが見えてきます。簡略にいえば「表の金子、裏の杉山」という構図です。このことは私が金子堅太郎晩年の著述である「自叙伝」を読み解き、さらに杉山茂丸関係の交遊録を分析していたことから言えることです。その代表的な事績が日本興行銀行の創立であり、アメリカのモルガンとの交渉です。杉山茂丸の著述からは単独での業績のように見えるのですが、実態は金子堅太郎との共同作業であったわけです。金子の「自叙伝」を読み解くことで、この杉山茂丸の事績の背景がはっきりと見えました。とはいえ、短い時間での対談ですので、全てを伝え切れたとは言えないのが、実に残念です。
次の対談相手は、ジェイソン・モーガン先生でした。大学の教員であり、インターネットの討論番組である「桜チャンネル」でもお馴染みの方ですので、講演会、対談を受けてくださるだろうかと不安が先でした。しかし、それはまったくの杞憂で、遠路九州福岡までお見えいただいたのです。研究調査の旅の途中とのことでしたが、じつに快く引き受けていただいたのは、ただただ、「ありがたい」の一言でした。講演会、対談に参加いただいた聴衆も大満足で帰路につかれました。
しかし、この日、福岡地方は線状降水帯が発生し、とんでもない大雨、落雷でした。翌日、ジェイソン・モーガン先生は兵庫県姫路市で講演があったのですが、交通機関は全てがストップ。しかし、奇跡というか天はジェイソン・モーガン先生を見放すこと無く、山陽新幹線の車上の人へと導いたのです。
そして、安部龍太郎先生の講演、対談でした。この対談では、安部龍太郎先生が実に細やかに周囲に気配りされる方と知りました。会場の笑いをとりながら、奥の深い話をされ、私にも語りの場面を引き出そうと工夫されるのです。これは、本当にありがたいばかりでした。
さて、高市首相は「日米同盟」を主張しますが、その実、日本人はアメリカを詳しく知らずに表面的な対応しかしてこなかったのではと思えてなりませんでした。その自戒の意味も込め、参考までに次の書評を紹介します。日本人はアメリカとどう付き合ってきたのか、どう見ていたのかを考え直す一助になれば幸いです。
『アメリカがみつかりましたか 戦前編』阿川尚之著、都市出版
【書評】
・結局、アメリカという国は建国以来、何も変わっていないのでは?
漂流民からアメリカの捕鯨船に救われ渡米したジョン・万次郎(1827~1898、文政10~明治31)を筆頭に、アメリカに渡った11人の日本人を紹介した内容。従来、偉人として紹介されてきた人々の隠れた一面を見ることができ、興味深かった。特に、新島襄(1843~1890、天保14~明治23)、内村鑑三(1861~1930、万延2~昭和8)、新渡戸稲造(1862~1933、文久2~昭和8)という日本を世界に紹介した明治人たちが、アメリカに大きな期待を抱いて渡ったものの、人種差別や文化の違いに悪戦苦闘する様は人間味があってよかった。やはり、この人たちも根っからの日本人だったのだと共感を覚えた。
特に、新渡戸が妻(メアリー・エルキントン、日本名:新渡戸万里子)と罵りあいの喧嘩をしていたとは、驚きであった。『武士道』で世界に日本を紹介し、アメリカ人である妻に日本を教えた人が内輪では、揉めていたとは、意外であった。
幕末、明治の時代にアメリカに渡った方々の滞米記録を読んでいくと、今の日米関係と社会的には何ら変わりがない。このアメリカという国は突然に現われた異邦人に対しては好意をもって接するが、この異邦人が一転して自分達の生活環境を侵すとのではと不安を抱いた瞬間から、バッシングが始まる。観光で訪れた日本人には好意的に迎えても、グリーンカードを取得した日本人には建国以来の艱難辛苦を浴びせる。イギリスからの独立戦争で体験した障壁をイギリスに成り代わって移民に叩きつけるのである。独善的で、国益という正義を振りかざす姿は建国以来なんら変わっていない。
更に、人種差別によって優越感に浸る国である。筆者自身の子供の頃のアメリカに対する嫌悪感があるからか、どうにもアメリカを好きになれない。穿った視線で読み進みながら、東洋の小国日本から海を渡った先人たちは、アメリカにどんな夢を抱いていたのだろうか。
蛇足ながら、著者の阿川尚之(1951~2024、昭和26~令和6)の実父は、作家の阿川弘之(1920~2015、大正9~平成27)であり、実妹はタレントの阿川佐和子(1953~、昭和28)である。
令和8年(2026)1月1日












